スザルル 騎士皇子&学園パロ
焼きたてのクッキー、マドレーヌ。
美しく飾られた生クリームケーキ。
宝石のような艶を纏ったフルーツタルト。
トロリと蕩けたチョコレートが噴水のように流れるチョコレートフォンデュ。
穏やかな午後の庭園に設えられたテーブルの上に所狭しと極上のスイーツ達が並べられ、辺り一面に甘い香りが漂う。
あまりに美味しそうな香りと光景に、スザクのお腹がくううと鳴った。
「さあ、たくさん召し上がれ」
花が綻ぶような笑顔で、ナナリーが両手を広げた。
「ナナリー様」
「あら、スザクさん。ナナリーで良いと言ったではありませんか」
「え、いやでも、皇女様に対してそれは、あまりにも失礼ですので」
「ナナリー、です」
少し拗ねたように唇をすぼめて、ナナリーは繰り返した。
「そんな他人行儀な話し方も嫌です。スザクさんは、私のもう一人のお兄様なんですから、ルルーシュお兄様のように話してください」
そう言われても、と、スザクは困ってしまう。
本人の希望とはいえ、一国の皇女様を呼び捨てになどして良いものだろうか。
なおも躊躇いを見せるスザクに、ナナリーはさらに頬を膨らませた。
「言うことを聞いてくださらないと、ティータイムはお預けですよ。私もこのお茶会の準備を一生懸命お手伝いしましたのに、スザクさんに食べて貰えないなんて、悲しいです」
菫色の瞳が責めるようにスザクを見る。
そんな風に可愛く脅されては、健全な人間としては従うより他に無いだろう。
何より、彼女が頑張って用意くれたというお菓子たちを無駄になんてしたら、バチが当たる。
「……分かったよ、ナナリー」
観念したスザクがそう言うと、大輪の花が綻ぶような笑顔か返ってきた。
「良かった!咲世子さんに教えて貰いながら、頑張ってお手伝いしたんです。このマドレーヌは、私が混ぜて型に流して、オープンに入れたんですよ!」
手のひらを上に向けて差し示されたマドレーヌは、こんがり狐色で、見るからに美味しそうだ。
「これを、ナナリーが?凄い。とても美味しそうだ。じゃあ、そのマドレーヌからいただこうかな」
横に控えていたメイドの咲世子が、心得たとばかりにスザクの皿にマドレーヌを取り分けてくれる。
「こちらのクッキーも、ナナリー様が型を抜かれたんですよ」
そう言って、猫の形をしたクッキーも横に添えてくれた。
ココア色をした黒猫のクッキーは、しなやかな尻尾まで綺麗に形になっている。
「わあ。可愛い形だね!僕、猫大好きなんだ」
「よかったです。スザクさんならきっと喜んでくださると思いました」
「僕が猫好きだって知っていたの?」
「騎士のスザクさんも、猫が大好きなので、きっとスザクさんもそうなんじゃないかなって思ったんです」
「そうか、こちらの世界の僕も……」
やはり同じスザクなだけあって、好みも同じなのか。
「大好きなのに、撫でようとしてはいつも噛みつかれていましたけどね」
クスクスと、ナナリーの横に座る桃色の髪の少女が笑う声が聞こえた。
彼女は、ユーフェミア・リ・ブリタニア。ルルーシュやナナリーとは母親が違う兄妹なのだという。
「本当に、あのスザクとは違うスザクなのね。見た目は同じなのに、なんだか不思議だわ」
ユーフェミアは、興味深そうにスザクを見た。
「私のことはユフィと呼んでくださいな。あ、敬語も要らないわ。ルルーシュからも、スザクの事をよろしくと頼まれたの。だから、分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」
ユーフェミアの微笑みに有無を言わせない押しの強さを感じて、スザクはコクリと頷いた。
「ありがとう、ユフィ」
爽やかな風がサワサワと庭園の草花を揺らす中、お茶会は楽しく和やかに進む。
供されたお菓子は本当に美味しくて、いくらでも食べられそうだ。
「スザクは、学校に通っているのですよね?」
ユフィは、紅茶の入ったティーカップを手にしながらスザクを見た。
「うん。アッシュフォード学園の高等部に通ってる。ルルーシュも同じクラスだよ」
「アッシュフォード…ということは、ミレイさんも、そちらの世界にいるのですか?」
「ミレイ会長?…そうか。こちらの世界にもミレイさんがいるんだね。僕らの世界では、ミレイさんはアッシュフォード学園の理事長の孫娘で、高等部の生徒会長をしてるよ」
「まあ、生徒会長さん!ミレイさんらしいです」
それぞれの世界に存在する、共通の知人の話題で盛り上がる。
やはり、二つの世界では、同じ人物が全く別の人生を歩んでいるようだ。
「きっとナナリーやユフィも、僕がまだ出会っていないだけで、あちらの世界にも居るんだろうな」
あちらの世界の彼女たちは、どんな生活を送っているのだろうか。
「どこでどんな風に出会えるか、楽しみですね!」
ナナリーのキラキラとした笑顔が眩しい。
そんなことを思った時だった。
「楽しそうだな。俺も仲間に入れて貰えるかい?」
「お兄さま!」
穏やかな笑みを浮かべて、ルルーシュ皇子が現れた。
そよぐ風に吹かれて、艶やかな黒髪がサラリと靡くたび、キラキラとした光の粒が輝いて見える。
綺麗だなと、スザクはルルーシュ皇子の姿に見惚れた。
ルルーシュが動くたび、光の粒子が舞っているように見えるのは、皇子のオーラというやつだろうか。
「お兄さま。ご公務は終わったのですか?」
今朝、朝食を食べていた時にナナリーからお茶会の招待を受けたのだが、その時、ルルーシュは申し訳無さそうに、公務が有って行けないと言っていたのだ。
「ああ。ナナリーのお茶会に間に合うかもしれないと思って、頑張って早く終わらせてきたよ」
ルルーシュはそう言って、にっこりと微笑んだ。
ルルーシュの背後に控えた真っ赤な髪をした女騎士が、はぁっと大きく息を吐く。その表情は、どこか疲れているようにも見えた。
「それはもう、鬼気迫る勢いでした。視察先の研究員が震え上がって居ましたよ。何しろ殿下の矢継ぎ早の質問に案内担当官の説明が追いつかなくて、最終的にはご自身で案内担当官の持っていた情報端末を手に取り操作されていましたから」
皇族による視察は、各施設の運営が適正に行われているかの監査も兼ね、各皇族持ち回りで定期的に行われているのだが、実際は皇族への接待的な意味合いが強く、案内係には知識より見目の良さが優先されて選ばれがちだった。
今回ルルーシュ皇子が赴いた研究施設でも随分と若く麗しい女官が案内担当として皇子一行を迎えたのだが、ルルーシュにとって外見の美醜は全く意味が無く、彼女の研究内容に関する知識の乏しさが露見したあたりからは全く見向きもされていなかった。
いつもであれば、多少は案内係の立場を考慮して、その面子を潰さない程度には気を配るルルーシュなのだが、出来るだけ早く公務を終える事を最優先としていた今日は、そんな慈悲をかける暇すら惜しかったようだ。
あわよくば皇子の目に留まり玉の輿をという下心が透けていたあの案内担当官は、しばらく立ち直れないのではないだろうかと、日頃そういう輩に厳しいカレンですら少し同情を覚えた。
「流石、ルルーシュね」
同じ皇族として状況を悟ったらしいユフィが、クスクスと笑う。
「さあ、お兄さまも、カレンさんも、どうぞお座りになってください。そして、たくさん召し上がってくださいね」
メイド達が2人の為に椅子を用意し、テーブルをセッティングしたのを見計らって、ナナリーが声をかけた。
スザクの隣にルルーシュ。その更に隣にカレンが座る。
「それで、スザクは、その後の調子はどう?」
カレンがティーカップを手に、スザクに話しかけた。
スザクがこの世界で目を覚まして以来、カレンとこうも近しく話をするのは初めてだ。
青い、意志の強そうな瞳が、ルルーシュ越しにスザクを見やる。
「はあ……特に何も変わったことは……」
スザクは、向けられる視線がいたたまれなくて、そっと手元のティーカップに視線を落とした。
琥珀色の水面に映る己の顔がゆらりと揺れる。
スザクがこちらの世界に来てから、もう2週間だ。その間、身体中をくまなく検査したが。特に異常も見つからず、自身の身体にも状況にも変化はない。
どうしてこんな状況になったのか。果たして元に戻れるのか。その手掛かりすら掴めていなかった。
夜眠り、目が覚めて、状況が変わっていないことを知る。
日々、その繰り返しだった。
「そう。やっぱり、時間が解決する問題ではないようね」
カレンは、肩を竦めた。
「お兄様。スザクさんがこうなってしまった原因は、まだ分からないのですか?」
ナナリーの問いに、ルルーシュは眉を寄せる。
「おそらく、きっかけだろうと思われる事柄に心当たりはある」
その言葉に弾かれるように、スザクは隣に座るルルーシュの顔を見た。
こうなったきっかけが分かれば、元に戻る方法も分かるかもしれない。そう期待を込めて、美しく整った横顔を見やる。
だが、ルルーシュの表情は決して明るいものでは無かった。
「だが、事態の詳細を知るであろう人物が行方不明だ」
「行方不明?」
「……ああ」
ルルーシュは重苦しく息を吐く。
「調べたところ、我が騎士スザクが今のスザクと入れ替わった時、ちょうどその時間に、皇宮の敷地内にあるとある研究室が実験中に爆発事故を起こしていたことが分かった。幸い爆発の規模は小さくボヤ程度の被害だったんだが、その実験を行っていた研究者が爆発に巻き込まれて姿を消した」
「……え?」
ルルーシュの発言に、既に事態を知っていたのだろうカレンを除く全員が息を飲んだ。
「それは、亡くなった、ということ?」
震える声で問うユーフェミアの顔は青い。
だが、ルルーシュは首を振った。
「いや、命に関わるほどの規模の爆発では無かったらしい。現に、その場に居合わせた助手は怪我もない。本当に、まるで煙のように目の前から消えた、と、その助手は証言している」
「そんなことって……」
ナナリーは信じられないと呟いた。
「もしかして、その研究者というのは」
ユーフェミアの言葉に、言いたいことを察したらしいルルーシュは頷く。
「そう。行方が分からなくなったのは、ロイド・アスプルンド伯爵だ」
ルルーシュによると、ロイドは、ブリタニア国内でも特に変人と名高い科学者であるらしい。
伯爵でありながら、その身分には頓着がなく、己が興味惹かれた研究の追求の為ならどんなことでもする男なのだそうだ。
最近は、オーパーツだとか、魔術だとか、超能力だとか、所謂オカルトと呼ばれる分野にまでその興味対象が広げられていて、夜な夜な怪しい実験を行っていると噂になっていたという。
どうやら、その噂は真実であったらしい。
「ロイドと共に実験を行っていた助手のセシル・クルーミーに聴取したんだが、今回ロイドが研究していたのは、異次元転移法だということだ」
「異次元……?」
「ああ。この世界とは違う次元の世界に移動する方法を研究していたらしい」
異次元。
その単語に、スザクはドキリとした。
こことは違うスザクが元居た世界は、まさに異次元と呼ぶべき場所なのではないだろうか。
どういう理屈かは分からないが、スザク達はたまたまそのロイドの実験に巻き込まれ、精神だけが転移して入れ替わったのだと考えれば、しっくりくる気がする。
「姿が消えたということは、ロイド伯爵は、肉体ごと異次元への転移に成功したということ?」
「かもしれない」
答えるルルーシュは、だが浮かぬ表情のままだ。
「ただ、これが成功なのか失敗なのかを確認する手段がない。果たして、ロイド自身が無事でいるのかどうかも分からない。そして、ロイドが使用した研究装置は爆発で壊れてしまったため、現状では研究の再現も難しいようだ。実験が原因なら、もう一度同じ状況を生み出してみればあるいは、とも思ったのだがな。」
手詰まりだと、ルルーシュが唸る。
「だけど、どうしてスザクさんの世界と入れ替わってしまったのでしょう。ただの偶然なのでしょうか」
ナナリーがこてんと首を傾げた。
「そこもどうだかわからないな。何かしら、つながるべき共通事項があると考えた方が自然な気はするが」
「共通事項……か」
スザクは、当時の自分の行動を思い出そうとした。
体育の授業で、サッカーをしていたこと。
サッカーのボールが頭に当たって、気を失ったこと。
意識を取り戻した時にはここに居たから、なにかきっかけが有ったとしたら、頭をぶつける直前だろうか。
「そういえば」
スザクは顔を上げた。
「ボールが飛んできてぶつかる寸前、何かの爆発音が聞こえた気がする」
続く
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