Change places 第一話
- 佐山れみ
- 2018年1月31日
- 読了時間: 17分
スザルル 騎士皇子&学園パロ

港に隣接する倉庫街は、深夜ともなれば人の気配も絶え、どこか薄暗い静けさが支配する。今夜も、夜空に白々と輝く月がうら寂しい路地に黒く濃い建物の影を落とし、暗がりの奥に人ではない《何か》が潜んでいそうな薄気味悪さを更に演出していた。
そんな倉庫街の中の道路を、一台の乗用車がゆっくりとした速度で走っていた。白地に日本の黒のラインが描かれたボディには《ブリタニア警備保障》という文字が書かれている。
「あー、やっぱりココ、なんか出そうだよなー。」
この一帯の定時巡回を行う警備員は、車のハンドルを握りながらぶるりと身を震わせた。
「なんかって何だよ。」
大袈裟に怯える同僚に呆れたように、助手席に座るもう一人の警備員が問う。彼は、手元に持つバインダーに挟まれた日報に巡回箇所のチェックを入れながら、確認するように周囲を見回した。
「例えば、あの辺の路地の暗がりから未知のウイルスにやられたゾンビ、とか。」
「ははっ、お前、ゲームのやりすぎだろ。」
助手席の男は、同僚のやり込んでいたサバイバルなホラーゲームを思い浮かべ、鼻で笑う。そんなに怖がるくらいなら、あんなホラーゲームやらなきゃ良いのにと思うのだが、それはそれらしい。
「血みどろのゾンビなんか、この世にいるもんかって。」
「それはそうだろうけど。でも、なんか出てきてもおかしくない雰囲気だろー。」
「まあ、確かに。ホラー映画に出てきそうな雰囲気ではあるよな。」
不満そうに頬を膨らませる同僚を笑いながら、少し先の路地を見やる。
もし自分が映画監督なら、この場所で平穏に車内デートを楽しむカップルが、得体の知れないものに襲われた不幸な犠牲者と遭遇するシーンに使うかもしれない。
「そう、例えば、あんな風に……」
丁度ふらりと路地から現れた人影を指差して言うと、同僚が、え?と目を見開いた。
キキィッと急ブレーキをかけて車が止まる。
車道にふらふらと現れたのは、がっしりとした体格の背の高い男だった。鍛えられた肉体に暗がりに溶け込むような真っ黒のスーツ。一見してマフィアのような出で立ちだ。だが、目を引くのはそこではない。金髪の髪から青白い顔までを覆うように滴る赤い液体。今まさに話題にしていた、血みどろゾンビの姿そのままだ。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁ!出たァ!ゾンビだァァァ!」
運転席の同僚の叫びに、はっと我に返る。
「ば、馬鹿!人だ!怪我人だ!」
急いで車から出ると、路上に力尽きるように倒れ込んだ人影に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、男は必死に手を伸ばし、警備員の襟元を掴んだ。そして、何かを訴えるように口を動かす。
「く、くろの……きし……だん……」
そこまで口にしたところで、男の腕がパタリと腕が地面に落ちた。
「おい!しっかりしろ!」
慌てて動かなくなった男を覗き込み容態を窺う。頭部は真っ赤な液体に塗れていて、怪我の程度が心配だ。本部に連絡を入れて救急車を呼ばなければ。
より詳しい傷の状態を確認しようと男の頭部に顔を寄せたとき、ふわりと鼻腔をくすぐる匂いの違和感に気がついた。およそ、この場には似つかわしくない匂い。
「この匂い……トマトソース?」
よくよく見れば男の頭部には傷など無く、赤く濡れているのはトマトソースだった。しかも男はすやすやと眠っているだけのようだ。穏やかな寝息だった。
「なんだ、これ。」
あまりにおかしな状況に首を傾げるしかない。
「おい!あそこ!」
同僚の呼ぶ声に顔を上げると、トマトソース男が出てきたと思われる路地の奥に、一つだけシャッターが全開で煌々と灯りの灯った倉庫があった。
「あそこは確か……。」
「トマトソースが有名な食品輸入販売の会社の倉庫だな。」
倉庫の壁にでかでかと描かれた真っ赤なトマトの絵に見覚えが有る。
同僚の顔を見ると、無言のまま頷いた。まさかここで逃げ出す訳にはいかないだろう。肩に掛けていた無線機で本部に異常発見の報告と念のために救急車の手配をしてから、腰に下げていた拳銃を手にとった。
ひとまず命に別状は無さそうな男をその場に横たえ、同僚と二人で倉庫を見に行く。開いたシャッターから恐る恐る中を覗き込むと――そこには凄惨な世界が広がっていた。
真っ赤な液体が辺りに飛び散り、床に大きな水溜まりを作っている。その真ん中には、先程見つけた男と同様に黒ずくめの服を着た者達が、真っ赤な液体に塗れて折り重なるように横たわっていた。
一見して、思わず目を覆いたくなるような凄惨な殺人現場のようだが、辺りにはトマトソースの香りが充満していて、血溜まりに見える液体は先程の男が被っていたものと同じトマトソースなのだと分かった。その証拠に、床の上にはひしゃげて穴が開き中身の零れたトマトソースの缶詰がゴロゴロと転がっている。
「……なんだ、これは。」
呆然とする二人を嘲笑うかのように。
『ふははははははははははは。』
唐突に頭上から高笑いが聞こえて、勢いよく振り返る。
そこには、真っ黒のマントに真っ黒の仮面を被った、見るからに怪しげな人物が立っていた。
『我が名は、ゼロ!』
仮面の男の言葉に、思わず顔を顰める。
「ゼロ?」
『そう。私はゼロ。黒の騎士団を率い、悪を憎み、正義を愛する、正義の味方だ。』
ボイスチェンジャーを通した声が倉庫の中に響き渡る。
《黒の騎士団》、そして、そのリーダー《ゼロ》。最近巷をにぎわしている集団だ。法の目を潜り今まで表に出ていなかった不正や犯罪を、法に縛られず、時に強引な手法を用いて暴き断罪する集団で、一般人には《正義の味方》として人気が高い。だがその実体は、完全に謎のベールに包まれている。
「これは、お前の……お前達《黒の騎士団》の仕業か。」
そう問うと、《ゼロ》は表情の全く見えない真っ黒の仮面の奥で満足げに笑った――気がした。
『そう。彼らは許し難い悪をなした。だから、我ら黒の騎士団が制裁を加えた。そこに転がるトマトソース缶中を見てみろ。』
ゼロに促され、足元にあったトマトソース缶を取り上げて中を見てみる。そこには、赤いトマトソースに塗れて白い粉の詰まった袋が入っていた。
「これは……?」
『違法ドラッグの粉だ。』
ゼロの言葉に目を瞠る。
『彼らは、トマトソースの輸入を隠れ蓑に、禁止薬物を密輸入していたのだ。』
思わず周囲を見回す。床の上に散乱している缶だけでも相当な数だ。その殆どに白い粉の入った袋が詰められているようだった。その上、周囲には同じ柄の缶が詰められているコンテナが所狭しと積み上げられている。そのうちのどれ程が粉入りの缶なのかは分からない。けれど、今目に付いた缶の中の粉だけでもかなりな量であることは分かる。コレが全て本当に違法薬物ならば、一介の警備員である自分達にとっては、手に余り過ぎるほどの大事件だ。
あまりのオオゴトに膝が震えた。
「く、クソが……ふざけ、やがって……。」
足元から微かな声が聞こえ、驚いて振り返る。
倒れた人の山の中、どうやらかろうじて意識を失ってはいなかったらしい男が、震える手で拳銃を持ち上げ、仮面の男――ゼロに向けていた。
パン
止める間も無く発射された弾丸は、だが、ゼロの元には届かなかった。音も無くゼロの前に現れた男が、手に持った細長い何かで弾丸を弾き飛ばしたからだ。
間髪入れずに何処からか再び銃声が聞こえ、弾丸を放った男は再び床に伏せる。
「お、おい!」
まさか、目の前で殺人が。そう思って慌てると、ゼロの冷静な声が響いた。
『安心しろ。麻酔弾だ。死んではいない。』
その言葉通り、男はただ眠っているようだった。その手からゴトリと銃が滑り落ちる。
『まもなく警察もここへやって来る。後は君たちに任せよう。』
《ゼロ》がヒラリとマントを翻した途端、ポンッという破裂音がしたかと思うと、白い煙が見る見るうちに湧き上がって視界を真っ白に埋め尽くした。
「な、何だ!?」
突然得体の知れないガスに視界を奪われて慌てる。が、程なくして煙が霧散していくと、そこにはもう《ゼロ》やゼロを庇った男の姿は無かった。
残されたのは、大量のトマトソースと、白い粉と、昏倒した黒づくめの男達。 警備員の二人は為す術もなく呆然と顔を見合わせ、近づいてくるサイレンの音を聞いていた。
***
夜明けも近い深夜。ブリタニアの首都ペンドラゴンの真ん中を貫くように走る大通りは、警察車両の灯す赤色灯の光と慌ただしく動き回る警察官達で、いつになく賑やかな様相だった。簡易のバリケードで道路を塞ぎ急遽設けられた検問所では、通りかかる車両一台一台を丁寧に見分している。
そこへ、一台の大型特殊トレーラーが港沿いの倉庫街方面から首都中央の政庁方面へと走ってきた。車のボディには早朝の時間帯に行き来する配送トラックのような企業名などは何も書かれていない。運転するのは、帽子を目深に被った若い男だ。
停止灯を振る警察官の誘導に従って停車したトレーラーに、二人の警察官が駆け寄った。
「検問です。車検証とIDを見せてください」
「ああ、はい。」
運転手は特に逆らう事もなく、素直に車検証とIDを提示する。
「こんな時間に検問なんて。何かあったんですか?」
「ああ、ちょっと、な。」
運転手が口にした疑問に、警察官は言葉を濁した。
「ところで、後ろの積荷は何です?」
「積荷ですか?……えーと。何だっけ。」
「答えられないのか?」
首を傾げる運転手の答えに、警察官は眉を顰めた。
「では中を見せて貰おうか。」
「いやいや、それは勘弁してくださいよ。」
拒絶する運転手に、警察官の顔がますます険しくなる。
「見せられない訳でもあるのか?」
「……えーっと。」
明らかに困ったように、運転手は苦笑いを浮かべる。
「実はですね。積荷は国家の機密事項なので、勝手には見せられないんですよ。」
「なんだ、それは。そんな言い訳が通用するとでも思っているのか?どうしても見せられないと言うのなら、強制的に臨検することだって出来るんだぞ。」
何かを隠している。そう確信した警察官は、威圧的に運転手を睨み付けながら、腰に下げている拳銃へと手を伸ばした。不穏な気配に気付いた他の警察官も、数人集まってくる。
その時、トレーラーの運転席と助手席の間の車内後方へと通じる内扉が開いて、一人の若い男が顔を出した。
「どうしたんですか?南さん。何か問題でも?」
そう問う、茶色の髪に緑色の瞳が特徴的な青年の容貌に、警察官の顔が驚愕に見開かれる。
「あ、あなたは……枢木卿!?」
そう叫んだ時、車両ナンバーの登録を照会確認していた別の警察官が顔を青くして走ってきた。
「お、おい。この車両、ルルーシュ殿下の御料車だぞ!」
差し出されたタブレットの表示は、確かに、車両の所有者がブリタニア第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下で有ることを示していた。そしてなにより、目の前に現れた青年は、ルルーシュ殿下の専任騎士である枢木スザクその人だ。
「こ、これは大変失礼いたしました!」
車両を取り囲んでいた警察官は、弾かれたように敬礼をして身を固くする。
「いえ、お仕事お疲れ様です。随分と大がかりな検問ですが、何か事件でも有ったんですか?」
「は!港沿いの倉庫街で黒の騎士団が現れたとのことで、緊急に検問を実施しております!」
スザクの発する柔らかな声に、警察官は姿勢を崩さぬままに答える。
「ああ、なるほど。それで。」
納得したように頷くスザクは、だが申し訳なさそうに眉を下げた。
「このトレーラーの行き先は、皇宮内のナイトメアフレーム研究施設で、積荷は現在開発中のナイトメアフレームに関わる部品です。ただこれは、軍の機密にも関わるものなので、この場でトレーラーの中をお見せする訳にはいかないのですが、よろしいですか?」
「滅相もありません!皇族の方のお車は検問対象から外れております。どうぞ、このままお通りいただいて大丈夫です!」
「ありがとう。」
スザクはニッコリと笑い、運転手を促して車を出させた。トレーラーはゆったりとした速度で検問を抜け、皇宮の有る方面へと去っていく。
「やばい。俺、枢木卿を初めて生で見た。」
「俺も。なんか感動だな。あの人が、ルルーシュ殿下の騎士かぁ。」
そんな会話を交わしながら、検問に従事していた警察官達は走り去る車両を見送ったのだった。
***
「もう!玉城がちゃんとしないから、段取り狂っちゃったでしょう!あの時間の警備員巡回はやり過ごす予定だったのに!」
何事も無くノーチェックのまま検問を抜けたトレーラーの中では、赤い髪をした少女が自分よりも随分と年上の男を叱り飛ばしていた。それを、皆同じ黒色の服に身を包んだ黒の騎士団の団員達は、またかというように、生温かい目で見守っている。
「いやいや、今回俺はちゃんとやったって!」
「何言ってるのよ。アンタの持ち場は、倉庫の外で路地への逃走を防ぐ事だったでしょう? それを忘れて皆と一緒に突入して!しかも一人取り逃してるし!しっかり麻酔が効いてるか確認してなかったんでしょう。」
少女の指摘に、玉城と呼ばれたはうっと口篭った。確かに、気分が高揚するままに持ち場を離れて倉庫内の鎮圧に積極的に参加してしまったような気が、しなくもないこともない。 「一々詰めが甘いのよ!ちゃんとしてよね。おかげで、殿下……《ゼロ》が銃で撃たれるような事になっちゃったじゃない!」
「わ、悪かったよ、カレン。そう怒るなって。」
少女は怒りのオーラを纏って更に詰め寄る。そのあまりの迫力に、玉城は堪らず両手を合わせて謝った。
そんな二人の様子を他の団員達と同じように眺めていた《ゼロ》は、仮面の奥でやれやれと息を吐く。そろそろ助け船を出してやるべきか。
『カレン。そのくらいにしておいてやれ。多少のイレギュラーは有ったが、結果としては悪くない。《ゼロ》の存在をより強くアピールできたしな。』
仮面を被ったままの《ゼロ》の言葉に、カレンはキッと顔を上げて振り返る。
「甘いです!勝手な行動は計画を破綻させますし、《黒の騎士団》そのものを危険に晒すことになりかねません。それに、今回が初めてじゃないんですよ!玉城は甘やかすと調子に乗るので、ここらでガツンと締めた方が良いんです。」
きっぱりと言い切るカレンの迫力には、ゼロも苦笑するしか無かった。
『……まあ、程々にしておいてやれよ、カレン。』
「はい!……というわけで、玉城は《黒の騎士団規則》を100回書き取りして提出!明日までよ!」
「ええー。」
何処から取りだしたのか。バサリと突きつけられた紙の束を前にして情けない声を上げる玉城に、周囲にいた団員達がくすくすと笑う。 だが、その光景を笑って見てはいられない男がいた。
「……殿下も、他人の事は言えませんからね。」
検問でのやり取りを終えて運転席から戻ってきたスザクは、《ゼロ》の傍らに立つと、低い声で囁いた。その苛立ちを孕んだ言葉に、ゼロは首を傾げる。
『何のことだ?』
「とぼけないでください、ルルーシュ殿下。」
スザクはすっと目を細めて、《ゼロ》の仮面を被ったままの主君を見やった。
「危ないことは止めてくださいと、今回の出動前にもあれほど言ったじゃないですか。それなのに勝手に人の前に出て。危うく銃で撃たれるところだったでしょう?」
『……ルルーシュじゃない。今の俺は《ゼロ》だ。』
小言の内容には言い返せないのか、どこかふて腐れたように呼び方を訂正してくるルルーシュに、スザクははあっと溜息を吐く。
スザクの唯一無二の主君であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下は、頭はとびきり良いのに、時々突拍子もない事をやってくれる人なのだ。この《黒の騎士団》の活動がその最たるもので、法で裁けない影に隠れた悪を断罪する正義の味方――だなんて、子供のヒーローごっこにしか思えないようなことを、実際にやってしまう。だが、それに付き合わされる方の身にもなって欲しい。心配で胃に穴が空きそうだ。
「ゼロでもイチでも何でも良いですけどね。身分を隠して《黒の騎士団》として世直し活動するにしたって、そもそも殿下自身が直接現場に出る必要はないじゃないですか。実働部隊に指示をして、殿下はその報告を待っていればいい。それなのに、後方から全体の状況を把握しつつ指揮をとるべき人間があんな最前線に立って、しかも演説までぶちかますなんて。敵に狙ってくれと言ってるようなものですよ。」
現に、今日だって拳銃で狙われ、撃たれたのだ。間一髪、スザクが愛刀で弾丸を叩き落としたから良かったものの、もしあの弾がゼロ――いや、ルルーシュに当たっていたらと思うと、肝が冷える。
それなのに。
「危ないか?」
硬質プラスチックで出来たゼロの仮面を脱いでその素顔を晒したルルーシュは、艶やかな黒髪を掻き上げ、スザクを見上げた。そのアメジスト色の瞳には、純粋な疑問が浮かんでいる。
「危ないに決まってるでしょう。現に今日だって――」
「確かに銃を向けられ発射されはしたが、その弾は俺には当たっていないだろう。」
「だからそれは、俺が――。」
「スザク。俺は、お前が傍に居る限り、自分の身は安全だと知っている。」
ルルーシュは事も無げにそう言い放った。
「我が騎士は優秀だからな。どんな状況であっても、俺を傷付けるものは全力で排除してくれる。そのことを俺は知っている。だから俺は安心して自由に動けるんだ。――そうだろう?」
同意を求めるように、ルルーシュはスザクを見やる。
何て無茶なことを言うのだ。しかも、これが彼の本心からの言葉だと分かるから、尚更質が悪い。
真っ直ぐに迷いの無い全幅の信頼を向けられて、スザクは返す言葉に詰まってしまった。
「信頼しているぞ、我が騎士、スザク。これからも宜しく頼む。」
ルルーシュは、狡い。そう言われたら、頷くしかないじゃないか。
「……イエス、ユアハイネス。」
主からの信頼には全力で応えるのが、騎士の宿命であり矜恃だ。
スザクは、窘めるつもりが結局は言いくるめられてしまった悔しさを噛みしめながらも、主の望む答えを返したのだった。
と、その時だ。
キキキキー!
甲高い急ブレーキの音と共に、車内が大きく揺れた。
「きゃああ!?」
「危ない!」
突然の衝撃に、車内の人間は皆体勢を崩し、床の上へと投げ出される。
ルルーシュの傍に立っていたスザクは、咄嗟にルルーシュの身体を抱きかかえ、そのまま己をルルーシュの身体の下敷きにするようにして床の上へと倒れ込んだ。まともな受け身が取れず、頭部に強い衝撃を感じる。
しまったと思った時には目の前が暗くなり、スザクはそのまま意識を失った。
***
――スザク。
遠くから自分を呼ぶ声がする。いつも傍にある、耳に馴染んだ声。誰の声だったかと、やけに回転の鈍った頭で考える。
――スザク?大丈夫か、スザク。
ああ、この声はルルーシュだ。無事だったんだな。良かった。
だんだん意識がハッキリとしてきた。
早く起きなければ。ルルーシュが心配している。
そう思って、懸命に目を開こうとする。
ああ、早く、早く起きなくては……。
「スザク!しっかりしろ!!」
耳元で大声で叫ばれて、はっと急激に目が覚めた。
途端に飛び込んできた陽の光に目が眩み、何度か瞬きをする。
「スザク!良かった。目が覚めたか!?」
倒れている自分を覗き込んでいるのは、やはりルルーシュだった。アメジストの瞳が心配そうに歪んでいる。
ああ、あなたにそんな顔をさせるつもりは無かったのに。
周囲では、「意識が戻ったぞ!」とか「担架持ってこい!」とか、慌ただしくやり取りをする数人の声が聞こえた。黒の騎士団の皆だろうか。意識を失ってしまった所為で何やらオオゴトになってしまっているらしい。申し訳ない。だが今は、目の前の人の方が大事だ。
手を伸ばし、その白い頬に触れる。指先に感じる温かな体温に、ほっと心が満たされる心地がする。
「……殿下。ご無事ですか?」
そう問うと、途端にルルーシュが訝しげな顔をした。
「大丈夫か?スザク。やはり、頭を強く打って、何か錯乱してるんじゃ……。」
「……?何を仰ってるんです?殿下。」
スザクはルルーシュの発言の意味が分からず首を傾げながら、自分の腕で身体を支えて上半身を起こした。
そうして周囲を見回して、おや、と思う。
さっきまで自分は大型トレーラーの車内に居た筈なのに、今居る場所はどういう訳か野外のグラウンドの真ん中だった。足元には丈の短い人口の柴が敷き詰められ、数メートル先にはサッカーのゴールがある。頭上には雲一つ無い青空が広がり、燦々と太陽が輝いていた。
「……え?ここは、何処ですか……?」
全く見覚えのない場所だった。少なくともブリタニア皇宮の敷地内では無いだろう。
どういうことかと困惑して、目の前のルルーシュを見る。
愕然とした表情の彼も、やはり見覚えのない服装をしていた。白いTシャツに鮮やかな緑色のスパッツ。細くしなやかな手足が惜しげもなく晒されていて、今度はそのことに驚く。
「ちょ、ちょっと殿下!なんでそんな格好をなさってるんです?ほとんど下着姿じゃ無いですか!こんな格好を他の誰かに見られたらどうするんです!早く服を着てください!」
慌ててそう抗議すれば、目の前のルルーシュはますます眉間に皺を寄せて困惑の表情を浮かべた。そうして、じわりと距離を置くように、乗り上げていたスザクの身体から身を離す。
「……ルルーシュ殿下?どうされましたか?」
問いかけても返事が無い。あまりの反応の無さに心配になってその顔を覗き込むと、ルルーシュは眉間に皺を寄せたまま、ようやく口を開いた。
「お前は、誰だ?」
「――え?」
唐突な糾弾に、目を瞬く。
「お前は、外見はいつものスザクだが、中身が違う。俺の知っているスザクじゃない。お前は誰だ。スザクを何処へやった?」
真っ直ぐに睨み付けて来るアメジストの瞳は、今まで見たこともない冷ややかさを孕んでいて、スザクはゴクリと息を飲んだ。
ザアッと強く吹き抜けた風に煽られて、足元の柴が波立つ。
暫しの無言。
そうして、スザクは唐突に理解した。
今自分がいるこの場所は、本来自分が居るべき場所じゃない。
そして、たった今目の前に居るルルーシュは、自分が唯一無二の主君として一生の忠誠を誓ったあのルルーシュでは無いのだ――。
――続く
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