スザルル 騎士皇子&学園パロ
「スザク……スザク!」
聞き慣れた自分を呼ぶ声に意識が引っ張られる心地がした。
深く暗い沼の底からゆったりと浮上するように、鈍っていた感覚が少しずつ蘇ってくる。
その間も自分を呼ぶ声は止まらない。もう何年も側で聞いて来た親友の、こんなに焦った声は初めだ。
(ああ、早く目を覚まさないと。)
重い瞼を頑張って持ち上げる。
そうして最初に目に飛び込んで来たのは、今にも泣きそうなルルーシュの顔だった。
「スザク!」
目が合った途端に向けられた、ほっとしたような笑顔に胸が温かくなる。
随分と心配を掛けてしまったのだろう。綺麗なアメジスト色の瞳にうっすらと涙の膜が張っているのが見えた。
失敗したな、と思う。
ルルーシュにはいつも笑っていて欲しいのに。
「ルルーシュ……」
思わず手を伸ばすと、ルルーシュの白い手がそれを両手で包み込むように握った。
「俺はここだ、スザク!しっかりしろ!ここがどこか分かるか?」
「え……っと……」
問われて周囲を見回してみて、あれ?と思う。
そこは見知らぬ部屋だった。
窓が無く細長い独特な造りで、壁に沿ってぐるりと座り心地の良さそうなソファが並べられている。部屋の真ん中には大きなテーブル。一方の壁には、大きなテレビモニターが掛けられていて、なんだかカラオケ店のパーティールームのようだと思った。カラオケの機械は無いようだけれど。
そして、部屋の床の上に寝そべった状態の自分を、ルルーシュと数人の見知らぬ大人達が取り囲み、心配そうに覗き込んでいる。全員が全身真っ黒の服を着ていて、なんだかもの凄い威圧感だ。
(え。なんなんだこの状況。ついさっきまでよく晴れた青空の下でサッカーをしていた筈なのに。)
驚きで上手く頭が働かないまま、ゆっくりと身体を起こして、改めて目の前のルルーシュを見る。
ぴったりと身体のラインに沿った黒い服に黒いマントという出で立ちは、最近テレビでやっている戦隊モノ特撮ドラマ『コードレンジャー』に出てくる敵役の《ゼロ》のようだなと思った。
悪の組織『黒の騎士団』とそれを率いるリーダー《ゼロ》。世界征服を目論む悪の組織かと思えば、実は自然破壊によって生態系が崩壊しつある地球を憂い、自然破壊の源である地上の人間社会を正して地球を救おうとする地底人達の組織だった。《ゼロ》は、目的の為ならば手段を選ばない。「悪を為してでも巨悪を撃つ」をモットーに主人公である《コードレンジャー》達の前に立ちはだかる最強の敵だ。
そういえばルルーシュは、正義の味方の主人公達よりも敵役のゼロが好きだと言っていたっけ。
「ルルーシュって、そういう格好凄く似合うね。だけど、どうして今、そんなコスプレしてるの?」
素直にそう口にした途端、ルルーシュの顔が強張った。
「それにしても、ここはどこ?僕達さっきまでグラウンドに居たのに。学園の中にこんな所あったっけ?」
キョロキョロと周囲を見回せば、他の黒尽くめの大人たちも変な顔をして固まった。
シンと部屋の中が静まりかえる。
「ちょ、ちょっと。何言ってるのよ、スザク」
最初に口を開いたのは、燃えるような赤い髪をした女性だった。他の大人たちと比べるとかなり若い。歳はスザクとそう変わらないかもしれない。
「すみません、皆さんはどなたですか。アッシュフォード学園の関係者の方ですか?」
スザクの発した問いに、周囲はいよいよ困惑の表情となる。
何か、変なことを言っただろうか。
スザクが首を傾げていると、
「……お前は、誰だ?」
ルルーシュのアメジスト色の瞳が真っ直ぐにスザクを見据えた。
「え、誰って、何言ってるんだよルルーシュ。そんな怖い顔して。」
「いいから、名前と、所属を言ってみろ。」
「え?名前と所属?……えーと……。」
ルルーシュのあまりの真剣さに戸惑いながらも、スザクは求められるままに口を開く。
「僕の名前は、枢木スザク。アッシュフォード学園高等部2年A組、出席番号7番。特定の部活には入っていないけど、生徒会で風紀委員長をしてる。……って感じで良いのかな。」
ザワリと、そう広くは無い部屋の空気がどよめいた。信じられないと目を見開く者、口に手を当てて声を抑える者、皆の視線がスザクに集まる。その場に居る人々の動揺が痛いほどに伝わってきて、スザクも俄かに不安になってきた。
「え?何?僕、何か変な事言った?」
だが、スザクの問いには誰も答えてくれない。
「マジかよ。」
「よほど打ち所が悪かったのか?」
「おい、玉城。ラクシャータを呼んで来い。」
「わ、わかった!」
玉城と呼ばれた男が、スライド式の扉を開いて勢い良く駆け出して行く。扉の向こうは直接外に繋がっていたようで、吹き込んできた外気が頬を撫でた。
その冷たい空気が孕む夜の気配に、スザクは驚く。
ついさっきまで5限目の体育の授業中だった筈だ。サッカーボールが顔面に当たって目の前が真っ暗になったところまでは記憶にあるが、自分はどれだけ気を失っていたのだろうか。
ここまできて、スザクは違和感を感じ始めていた。
見知らぬ場所に見知らぬ人々。皆一様に怪しげな黒い服装をしている。もしかして自分は、気を失っている間に誘拐でもされたのだろうか。
いや、でもそれなら、ルルーシュがここに居ることの説明がつかないし、手足を拘束されていないのもおかしい。
目の前で手を握るルルーシュを見ると、見たことの無い表情をしていた。眉間に皺を寄せ、得体の知れないものを前にしたかのような警戒を滲ませた表情。此方を探るような眼差しには敵意に似たものを感じる。
ルルーシュとは小学校の頃からの親友で、以来いつも一緒に過ごしてきた。喧嘩もしたし、絶交だと言って暫く口を利かなかった事もある。それでも、こんな顔をルルーシュから向けられた事はなかった。
(まさか……)
彼はルルーシュにそっくりだけれど、スザクが良く知るクラスメイトで親友のルルーシュでは無いのではないか。
そう思い至った途端、ゾッと背筋に冷たいものが走った。
見慣れている筈のアメジストの瞳が真っ直ぐにスザクを射抜く。その眼差しから目を逸らす事が出来ない。
(似ているけれど、違う。彼は、ルルーシュじゃない。)
違和感が確信に至り、湧き上がる恐怖心から思わず身を引こうとすると、握られたままの手にグッと力が込められた。
「お前は、誰だ?お前は、俺の知るスザクじゃない。本当の枢木スザクは何処へ行った?」
低く地を這うような問いかけに、スザクは答える事が出来なかった。
***
やがて現れた《ラクシャータ》は、波打つ金髪が豊かな褐色の肌の美女だった。彫りの深い顔立ちと額に描かれた青い印がエキゾチックだ。長身でグラマラスな身体に白衣を纏っている所を見ると、彼女は医者なんだろうか。
「頭を打っておかしくなったって?」
ラクシャータは、持ち手の長いキセルを手に、のんびりとした風情で、床に座り込んでいたスザクの顔を覗き込む。
「ふうん?見た感じ、外傷は無いようだけどねぇ。私の事がわかるかい?ボーヤ。」
「いえ……初対面だと思います。」
間近に近づく顔に若干引きながら返事をすると、ラクシャータは暫し思考を巡らせるように目を細めた。
「記憶喪失……とは違うみたいだねぇ。詳しくは検査してみないと分からないけど。これは、私よりもプリン伯爵の方の管轄かもしれないよ。」
「……ロイドか。」
ルルーシュの顔が俄に曇る。
「ロイドって、化学の先生の?」
耳にした名前から、いつも飄々とした態度で周囲を煙に巻いている眼鏡の化学教師の姿が脳裏に浮かんだ。マニアックな程の高い知識と突拍子も無い行動からマッドサイエンティストと悪名も高いが、教え方は存外わかりやすくて、生徒からはなかなかに人気のある先生だ。
だが、目の前のルルーシュは驚いたように目を丸くした。
「ロイドが教師?そういえば、さっきお前はアッシュフォード学園高等部と言っていたな。学生なのか。」
「うん……高校2年の学生だよ。ルルーシュも、じゃ無いの?同級生だよね?」
伺うようにルルーシュを見る。違うのだろうと察しつつも、否定して欲しくてそう口にした言葉だった。だが。
「俺は違う。」
キッパリとした返答が、狭い部屋に凜と響く。
「俺は、神聖ブリタニア帝国の第11皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。」
***
その後スザクは、そのままどこか病院のような施設へと連れて行かれ、丸一日かけてあれこれと検査を受けさせられた。血液検査や尿検査、レントゲンやMRIなどの機械を駆使した検査から、飛んだり跳ねたり走ったりの体力テストのようなものまで。
しかし、その結果、身体的異常は何も見つからなかった。
当然脳のスキャンも行われたが、異常なし。強いて言えば、昨夜床に打ち付けた所にたんこぶが出来ているくらいか。
一般の良識的な医師ならば、『頭部打撲による一時的な記憶混乱』と診断するだろう。
「でも、それじゃあ、現状の説明がつかないわよねぇ。」
検査結果の表示されたモニターを眺めていたラクシャータは、キセルを揺らしながら座っていた椅子の背にもたれかかった。
「はあ、そうですね。」
その様子を横から見ていたスザクは、曖昧な返事を返す。
スザクがサッカーの途中で気を失って見覚えのない部屋で目を覚ましてから2日目の朝を迎えていた。
その間にわかった事は、どうやら此処はスザクの居た世界とは全く別の世界であるらしいということ。
なんとこの世界には、スザクが通っていたアッシュフォード学園どころか、学園が有った《日本》という国すら存在しないのだ。そして、スザクが居た世界で《日本》だった場所は、此方の世界では神聖ブリタニア帝国の一部であり、《エリア11》と呼ばれているらしい。
(なんだよそれ。神聖ブリタニア帝国ってなんなんだよ。聞いたこと無いよ。世界の3分の2を占める国って大きすぎるだろ。)
スザクが居た世界では、《神聖ブリタニア帝国》なんて国は存在しない。ブリタニアと呼ばれる国は有るが、これほど広大で強大な国では無かった。
そして、何より驚いたのは、此方の世界のルルーシュは神聖ブリタニア帝国の皇子であり、スザクはその専任騎士だということだ。
ブリタニア帝国軍に籍を置く優秀な軍人で、ナイトメアフレームという戦闘用兵器に搭乗する騎士の称号を持ち、階級は少佐。――それがこの世界の枢木スザクなのだという。
ただの一般人の学生で、幼い頃から習い事として武道を続けてはいても専門の戦闘訓練になど全く縁の無いスザクは、話を聞いてただただ面食らうばかりだった。
ナイトメアフレームなんて、戦闘機や戦車と並ぶ最先端の戦闘兵器だ。一般人が目にする機会なんてそうそう無い。以前、同級生が持っていたミリタリーマニア向けの雑誌で特集されているのを見た記憶はあるが、触れた事も無ければ、操縦方法など分かる訳もない。
「身長や体重も、視力聴力、筋肉の発達具合や肺活量、すべて調べてみたけれど、以前の枢木卿のデータと比べて殆ど変化は見られ無い。身体データ上の変化は無いのに、本人は経験から得ている筈の技術や知識を全て忘れていて、生まれてからの記憶も全く別人のものになっている。……この状況を説明するなら、身体はそのまま、中身だけが別人に入れ替わっちゃったっていうのが、一番しっくりくるかしらねぇ。」
「そう言えば、身に覚えの無い傷が有ります。」
スザクは、左手の甲を見る。そこに残された、ざっくりと刃物で切り裂いたかのような古い傷痕。これは、スザクにとって全く身に覚えの無いものだった。
「それに、いつもより身体が軽いような気がします。腹筋だって、僕はこんなに割れて無かったし。」
そう言って、服の上から腹をさする。指先に感じる筋肉質な硬い感触。服に隠された見事なシックスパックは、我ながら羨ましいと思う程だ。どうやったら、此処まで綺麗に身体を鍛えられるのだろう。
「枢木卿の口から《僕》って言葉が出るなんて、凄い違和感だねぇ。まあ、だからこそ、本当に中身は別人なんだろうって思えるんだけどさ。」
ラクシャータは苦笑を浮かべながら、指先で弄んでいたキセルを咥える。
「やはりそうか。」
スザクの横で、今までずっと黙って聞いていたルルーシュ皇子が、ふうっと諦めたように息を吐いた。
「スザクは、どういう訳か中身だけが、こことは全く別の世界のスザクと入れ替わってしまった、ということだな。別の世界――いわゆるパラレルワールドってやつか。」
スザクは、隣に立つルルーシュ皇子を見上げた。
一目で上等と分かる黒を基調とした細身の燕尾服。襟から覗く白く真珠のように艶やかなドレープは端正な顔立ちを一層華やかに引き立てている。その姿はかつて従姉妹に見せられた童話に出てくる皇子そのものだ。
「えっと……信じてくれるの?ですか?」
スザクは、恐る恐る口にした。
我ながら荒唐無稽な話だと思う。目の前で倒れた人間が、目が覚めたら中身が別人になっていました、なんて。
肉体的に変化が無いということは、中身が入れ替わったと主張したところでなんの証拠も無いのだ。自分だって、友人の誰かが突然そんな事を言い出したら、何かの冗談としか思えないだろう。
だがルルーシュ皇子は、何を言っているんだとスザクの疑問を一蹴した。
「お前は、我が騎士たる枢木スザクでは有り得無い。それはこの俺が誰よりも分かっている。」
確信に満ちた声だった。
どうして、と思う。どうしてそう言い切れるのだろう。
そんなスザクの困惑が伝わったのか、ルルーシュ皇子は穏やかに微笑んでスザクを見た。
「子供の頃から、俺とスザクは一緒に育ったんだ。ブリタニアの後宮で同じ年頃の友人は他にいなかったから、スザクが本当にたった一人の友人だった。スザクが士官学校に入学するまで、文字通り片時も離れる事無く寝食を共にしてきたし、スザクが晴れて我が騎士となってからも、スザクは常に俺の傍にいた。お互いに知らない事はない。スザクの事なら、俺が一番良く分かる。」
「そうなんですね。」
羨ましい。と思ってしまった。
自分もルルーシュとは小学校以来の親友だが、ここまで言い切れる程ルルーシュの事を知っているかというと、自信は無い。
唯一無二。ルルーシュ皇子と騎士スザクは、そう呼ぶに相応しい関係なんだろう。
自分も、ルルーシュにとってそんな存在であれたらいいのに。
「お前は、元の世界では学生だと言っていたな?」
「はい。アッシュフォード学園という学校の高等部の二年生でした。」
「お前が今、こちらのスザクの身体の中に入っていると言うことは、アイツは入れ替わりに、お前の居た世界のお前の身体に入っている可能性が高いだろう。問題は、何が切っ掛けでそうなったのか。そして、元に戻る手段はあるのか、だな。」
「……そうですね。」
そんな手段はあるのだろうか。自分は元の世界に戻ることができるのだろうか。
皆目見当が付かなくて、つい声が沈んでしまう。
そんなスザクを、ルルーシュ皇子は自信に満ちた声で一喝した。
「何を落ち込んでいるんだ。一度入れ替わったのだから、同じようにもう一度入れ替わればいいだけだ。この俺が必ず元に戻る方法を見つけて、お前を向こうの世界に返してやる。そして俺は、我が騎士を取り戻す。だから心配するな。」
ぽん、とルルーシュの手が頭の上置かれて、ぐりぐりと撫でられる。こんな風に撫でられるのは随分と久しぶりで驚いたが、その手がなんだか懐かしくて、心地よくて、不意に涙が溢れそうになった。
冷えて固まっていた心が、少しずつ温まって解れていくのを感じる。
ああ、そうか。自分は不安だったんだな、と思う。
突然見知らぬ場所に放り込まれて、見知らぬ人に囲まれて、どうしたら良いのか分からなくてパニックになっていたのだ。
そんな自分の事を理解してこうして気遣ってくれるルルーシュ皇子の優しさに、胸の奥がジンと痺れる。
自分だって、唯一無二の騎士が居なくなってしまって心配だろうに。
(ああ、此方の世界のルルーシュも、やっぱりルルーシュなんだなぁ。)
ルルーシュ皇子の手の温もりを感じながら、スザクはここにはいない自分の親友を想った。
不器用だけど、誰よりも情に篤いルルーシュ。きっと彼も、中身が入れ替わってしまった自分達の事を心配してくれているに違いない。
(ルルーシュ。僕は、必ず戻るから。)
スザクは、無性に彼に逢いたいと思った。
続く
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